長いグラミー賞の歴史の中で、初めてラップのアルバムが最優秀レコード賞に輝いた。チャイルディッシュ・ガンビーノ(Childish Gambino)「This Is America」である。この作品は音楽はもとより、MVが大きな話題となった。トレイボン・マーティン射殺事件(ヒスパニック系の自警団が、アフリカン・アメリカンのトレイボンを射殺した2012年の事件)を思い起こさせるようなシーンから始まり、様々な社会的意味が込められていると言われている。そのタイトルが「This Is America」であり、それがグラミーを獲得するわけである。多くのアフリカンん・アメリカンが、そしてその他の人種の人が、様々な思いを抱いたことだろう。
もはや人気のある大衆音楽になったR&B、ヒップホップではあるが、これが一つのブームで終わらないことを願いたい。
R&Bシーンは前年からの勢いのまま女性たちの活躍が目立った。上記グラミーでは、最優秀R&Bアルバムには、ハー(H.E.R.)のセルフタイトルが、最優秀R&Bソングには、エラ・メイ(Ella Mai)「Boo’d Up」がそれぞれ受賞。これには男声ヴォーカルものを贔屓する筆者も大きく頷ける。特に後者は良く聴いた。
流行として喜ばしいのは、やはりニュー・ジャック・スウィングの再評価である。仕掛人は言うまでもなく、前年のアルバム『24K Magic』でその方向性は見せていたブルーノ・マーズ(Bruno Mars)。「Finesse」は音もPVも完全に80年代後半である。最初に見たときは目を疑うほどで、「これが21世紀なのかぁ(ニヤニヤ)」と思ってしまった。
それを筆頭に、自ら“ニュー・ジャック・スウィング・シンガー”と言ってしまうデリック・ゴーボン・ジュニア(Derric Gobourne Jr.)が出てきたり、シック(Chic)が『it's About Time』にテディ・ライリー(Teddy Riley)を参加させたり、ボビー・ブラウン(Bobby Brown)がテディ・ライリー&ベイビーフェイス(Babyface)のプロデュースで楽曲を発表したりと、しっかりとブームとなった。このところのシーンはブルーノ・マーズが握っていることは確かである。
さらにアンバー・マーク(Amber Mark)「Put You On feat. DRAM」やエンジェル(Angel)「Nothing Wrong」(R.ケリー「BumpN' Grind」遣い)などの欧州勢や、コモン(Common)が新しく結成した、オーガスト・グリーン(August Greene)が、ヴォーカルにブランディ(Brandy)を迎え、サウンズ・オブ・ブラックネス(Sounds of Blackness)「Optimistic」をリリースしたりと、確実に90年代への足音は聴こえている。
この時流は、筆者にとって心地が良い。この状況のまま90年代のようなボーカル・グループの隆盛を期待したいのだが、果たしてその希望は満たしてもらえるのだろうか。今から楽しみでならない。
(2020.01.01)
-2018年にリリースされた作品-
『Ella Mai』
/ ELLA MAI
『Supermacy』
/ Derric Gobourne Jr.
『Woman』
/ ANGEL
『Sex & Cigarettes』
/ TONI BRAXTON
『Got It All』
/ D'MAESTRO
/ KEITH SWEAT
『Blu Eyed Soul』
/ BLU MITCHELL