これまでの2年間と同様、コロナウイルス感染症は治まることはなかった。「withコロナ」という言葉も定着し始め、人類がコロナとともに生きていくことを選択させられたような1年間といえるのではないだろうか。ロシアによるウクライナへの軍事侵攻など暗いニュースが続くなか、それでもエンターテインメントを楽しませてもらえること。この有り難さはかみしめなければならないだろう。
そのような背景の中のブラックミュージックシーンであるが、昨年のシルク・ソニック(Silk Sonic)の快進撃により、大きく男性陣に期待したのだが、結果はビヨンセ(Beyoncé)の圧勝であった。グラミー及びソウルトレインの両方で、R&Bとして賞を獲得する力量を見せつけられる。
筆者的にはそのアルバム『Renaissance』は良く思わなかったのだが、グラミーで選出された、ブギーの「Cuff If」や、艶のある歌い出しの「Plastic Off The Sofa」には圧倒させられた。また、アイズレーズ(The Isley Brothers)とのコラボが「Make Me Say It Again Girl」であり、それが悪いはずもない。このあたりが彼女に翻弄されてしまうところで、(良い意味で)困ってしまう。
そのアイズレーと同様、ベテラン勢も作品をリリースしてきた。ベイビーフェイス(Babyface)はいつものオリジナルアルバムとは趣向を変え、女性ボーカリストをフィーチャーした『Girl Night Out』をドロップ。いきなりIPhoneのリング・トーンから始まる手法は、安易に若者のマーケットを意識したようだし、全体的に現代音楽へ寄せてきていることは仕方ないだろう。それでもアルバム中には粒もそろっており、「Keeps On Fallin'」なんて、フェイス節と90年代を理解しているエラ・メイ(Ella Mai)との溶け合いがたまらない。この楽曲は他の誰よりもエラ・メイを選ぶべきだと分かる1曲であろう。グラミーでは、“Best Traditional R&B Performance”を上記ビヨンセの「Plastic Off The Sofa」に譲ったわけだが、個人的にはこちらに軍配をあげたい。
個人的なベストは、シングルのみのリリースではなるが、K・ミッシェル(K・Michelle)の「Scooch」。彼女の少しPOPよりな立ち位置がしっかりとハマった名スロウと言える。
次点は勢いを感じたリゾ(Lizzo)の「About Damn Time」である。80年代・シック(Chic)が見え隠れするこのダンストラックは評価され、グラミーでもレコード賞を獲得している。
なお、グラミーのベストR&Bアルバムは、ロバート・グラスパー(Robert Glasper)の『Black RadioⅢ』。その中の1曲「Better Than I Imagined」は、世界観は完全にミシェル・ンデゲオチェロ(Meshell Ndegeocello)の物なのだが、参加したH.E.R.がそこに埋もれない存在感を放つことで、より現代風になったと言える。この楽曲の再生回数が半端ないことを鑑みると、まだまだR&Bは面白いなと感じる。
とはいえ、シーンを覆うのは、継続するアンビエント感である。昨年を起点としたシルク・ソニック(Silk Sonic)の流れから、ヴォーカル・グループが隆盛し…と、筆者の希望的観測な、思惑通りにはならなかった。じっくり聴かせて…というのは、時代が求めていないのだろうか。流行するのは時間の短い楽曲がほとんど(中には2分台もちらほら)である。「生音でじっくりと声を聴かせる」という真逆の発想は、やはり厳しいのだろうか。
希望の光は、マニ・ロング(Muni Long)の「Hrs & Hrs」がグラミーR&B歌唱賞を受賞したこと。ノミネートに留まったジャズミン・サリバン(Jazmine Sullivan)の「Hurt Me So Good」とともに、スロウが支持されたことである。
(2023.07.09)
-2022年にリリースされた作品-
「Scooch」
/ K.MICHELLE
『Special』
/ LIZZO
『Make Me Say It Again,Girl』
/ THE ISLEY BROTHERS
『Girls Night Out』
/ BABYFACE
『Flextended』
/ LE FLEX