- 名 前:りー
- 性 別:♂
- 生 年 月:1976.04
- 居 住 地:福岡市東区→福岡市西区(2018年~)
- 特 技:寝ぼけ(起きた時に、寝ぼけた自分の記憶がある)
- 最近の悩み:リバウンド(10kg以上痩せたのに…)
- 好きな食べ物:プリン、チキン南蛮(←リバウンドの原因)
- 趣 味:野球観戦(福岡人なのに、千葉ロッテマリーンズファン)
子育て真っ只中!息子くんも4年生になりました。デタラメ英語の歌とダンスでシルクソニックの「Smokin' On The Window」を披露してくれます。サイトの更新もできるだけ頑張りたいと思っています。
(2022.05.07)
今でこそ好きなジャンルがはっきりしてしまい、それもどうなのかな~?と思えるほど、ブラックミュージックを愛してやまないボクですが、実はいろんな寄り道をして来ました。自分を振り返るために、そのルーツをもう一度見直したいと思い、こんなコーナー作ってみました。もしお時間があれば覗いてやってください!!
AIWAのラジカセをもらうまで
1976年生まれ。両親ともに、クラシック以外はほとんど聴かないという二人なので、音楽的な影響はほぼ受けていないといえる。幼い頃に覚えているのは、ハチャトゥリアンの「剣の舞」。それから、クリスマスの時に聴いた「Little Drummer Boy」くらい。なので小学生の頃、「鍵盤を習えば?」という、母親の勧めがあったのに、「ピアノは女性がするものだっ!!」と変な勘違いをしていたため、習うこともなかった(今考えたら習っておけばよかったと心から思っている)。またその頃、3つ上の姉がラジカセを購入したのだが、その際にお店行ったときのことを良く覚えている。ラジカセを見て、「ボクには必要ないなぁ~」と思っていた。それほどまでに、音楽に対しての興味を示さなかった。しかし、その姉(のちにそのラジカセをくれました!)の影響は大きかった。
ブルーとグリーンのカセットテープ
転機が訪れたのは、中学生になる頃。姉に「なにか自分にも聴けるような音ってない?」と尋ねたところ、姉が友人からダビングしていた2本のカセットテープを貸してくれた。それが後に何の作品だったかわかるようになるのだが、当時は“杉山清貴の声”としかわからなかった。しかしこの2本はよく聴いたなぁ…。それが、杉山清貴&オメガトライブ『Single's History』、杉山清貴『Beyond...』であった。ようやく音楽を“聴く”ようになった。そして、お小遣いをためては、レンタルCD店へ出かけるようになる。30分くらいかけて、北九州まで自転車で行ってたなぁ~。初めて借りたのも杉山さんだった。レンタルのほかにも、友人から久保田利伸を借り、姉からレベッカを聴かせてもらったりしていた。そんななかで一番印象深いのは、FM番組で知った、シングライクトーキング(Sing Like Talking)だった。番組のオープニングだった「Steps Of Love」のカッコ良さ!そんな感じで邦楽ばかり聴いていた。
今でも一番の存在、角松敏生
地元にレンタルショップが誕生したこと、中学生ならではのお金事情から、レンタル中心の音生活。そこで出会ったのが、後に大先生と仰ぐことになる角松敏生だ。初めて聴いたのは『Sea Is A Lady』。そう、インスト作品だった。歌ものだと思って借りたわけだが、この音に触れて、「なんてカッコイイんだろう!」と思った。これが大先生との出会い、そしてフュージョンへのドアを開けてくれた一枚となったのである。角松作品は、コレ以降聴きあさることになるのだが、新作を初めて聴いたのが、名盤『All Is Vanity』。この濃密な作品を、リアルタイムで聴けたことは、今でも幸せに思う。暑い夏の日に、友達に買ってきてもらった(パシらせた訳じゃないですよ!!)記憶が蘇るなぁ~。そんなわけで、中学生の頃は他にも、山下達郎、久保田利伸、鈴木雅之など、聴かせる日本人アーティストばかり聴いており、すでに流行りのものは、ほとんど知らなかった…。
AORから黒船来航まで
高校へ進学する頃には、「趣味:音楽鑑賞」と書けるほどまでに、音楽への愛情は深まっていった。そしてついに洋楽に興味を示すようになる。前述のSING LIKE TALKINGのFMで知った、ボビー・コールドウェル(Bobby Caldwell)。『Solid Ground』を聴いた。コレを皮切りに、TOTO、ジャーニー(Journey)、シカゴ(Chicago)、スティーリー・ダン(Steely Dan)など、いわゆるAORを好む傾向になる。この頃、姉がシルク(Silk)のデビュー作を購入して聴かせてくれた。今でこそ、はっきりと名盤と呼べるし、よく聴いているのだが、当時は「黒すぎる」と姉に言った記憶がある。
そんな理由から、自分はブラックよりもAORが好きなんだと思っていた。ボーイズⅡメン(BoyzⅡMen)の「End Of The Road」を聴くまでは…。
横山輝一の2作品。実は…
今考えたら、その方向性はもっと前にみることが出来る。それが横山輝一だ。え?何故…?「Lovin’ You」は大ヒットし、当時はそのシングルも聴いた。しかしながら、個人的にはその曲を含んだアルバムよりも前2作、『JACK』『HIT ME』のほうが好き(特に「Shoes In My Pocket」など)だなぁと思っていた。この何気ない感情はブラックミュージックを聴き始めて、ようやくその理由がわかった。実はその2作は、チャッキー・ブッカー(Chuckii Booker)などが関わった、もろニュージャックな作品だったのだ。
それからは受験勉強とともに、だんだんとブラックミュージックに惹かれていく自分を実感する。“受験が終わったら聴いてやるぞ”リストを作っていたなぁ~。「そんなリスト作る前にもっと勉強しろよ」とのツッコミ、ありがとうございます。
「Fukuokan College Chart」へ
大学に進学すると、FM番組を作成するサークルに運良く入ることが出来た。今思えばここでの経験は大きかった。いろんな先輩達のオカゲで、様々なジャンルの音を聴くことができた。それによって、自分がどれだけブラックが好きかということを再認識できた。当時はジャミロクワイ(Jamiroquai)が流行っていたこともあり、UKものを好んで聴いていた。インコグニート(Incognito)はライヴにも行った。 邦楽では、角松大先生が影響を受けた作品、吉田美奈子、鈴木茂などを聴いて、日本のマスターピースを学んだりもした。
R&B・ソウルの世界へ到達
20歳以降は、それはもう黒一色(笑)このサイトに登場するアーティスト達に魅せられました。でも、もちろん邦楽も聴いてます。ここに書いてない人では、椎名純平、F.O.H.、意外なところでは安藤裕子も好きなんです。
以上、これが私のブラックミュージックにたどり着くまでの道のりでした。廻り道したけど、しっかりと“自分の場所”にたどり着けた気がします。