-名作に挟まれて紹介される-
メイズの人気がここ日本ではあまり盛り上がらないことを、国内のアーティストや評論家から嘆かれてから久しいわけだが、その名作品群の中で一番日本で聴かれているのではないかと思われるのが本作である。
NHK-FMの番組、“夜のプレイリスト”で久保田利伸さんが本作を紹介していたのだが、その前に紹介したのがスティービー(Stevie Wonder)の『Songs In The Key Of Life』、後に紹介したのがマーヴィン(Marvin Gaye)の『I Want You』という、日本国内でも有名な、万人が認める名作の間に挟んでこの作品を紹介している。この配置がもう、流石としか言いようがない。それほどの名作であることがよく分かるのではないだろうか。
-師へ捧ぐ-
まずは師匠であるマーヴィンへのトリビュート、①「Silky Soul」から始まる。「What's Going On」と同じように、人々の喧噪から始まり、“Silky Soul Singer”とマーヴィンを讃える。全体の詞も完全にマーヴィンに捧げられていて、それを優しいメロディで包む。“I'll never forget How he moved us all so much”というフレーズなど、まさしくメイズそのものなわけだが、そんな詞のわりに爽やかなミディアムに仕上げている[*1]ところがまた好感を持てる。
続く②「Can't Get Over You」は本作からのシングルとなり、R&Bで首位を獲得したミディアムスロウ。詞を読むと女性へ向けられたものなのだろうが、どうしても①に引っ張られマーヴィンへ伝えたら活を入れられそうだから別曲のタイトルにしたのか!?と思わず勘ぐってしまう。しかし、楽曲は甘く、優しいギターのリフなど、明らかに男女を連想するようなメロディになっている。
同様の雰囲気のまま③「Just Us」へ。軽い緊張感のある打ち込みのAメロでは動きは少ないのであるが、それがサビで解放される安らぎ感がたまらない。また、“Just Us~”で、フランキーがファルセットを聴かせてくれるのだが、これがとても温かい。
この上記3曲がハイライトといえるのではないだろうか。
-AORに近い!?-
作品はメイズの特徴のひとつである、陽だまりを感じるソウルである④「Somebody Else's Arms」へ。この詞の内容は決して陽だまり感はないのだが、メロディは温かい。「I Wanna Thank You」「A Place In My Heart」と同形のこの楽曲は、AORでおなじみ、白人トリオ・アンブロージア(Ambrosia)の「Biggest Part Of Me」のような雰囲気もあり、本作がAOR好事家からも支持を受けていることがよく分かる。AOR関連の執筆の権威である金沢寿和さんも“メイズを日本でどうにかしなければ…“というような発言もされているわけだが、それだけメイズとAORは近い距離にいるということだろう。
-打ち込み中心のサウンド-
インスト⑤「Midnight」からは、打ち込みが中心となっている楽曲が並ぶ。アルバムからの3rdシングルとなった⑥「Love's On The Run」は爽快感のあるミディアム。R&B13位を記録している。続く⑦「Change Our Ways」は、打ち込みのベース音がいかにも80年代という感じが良い方向に作用している、緊張感のあるミディアム。途中ギターソロが少しだけ入るのだが、打ち込み音とのギャップに萌える。⑧「Songs Of Love」は4thシングルに選ればれたアップ。“Get Down”といういかにもフランキーらしいフレーズも登場するが、R&B37位に留まった。
これら3曲は生音と打ち込みのバランスを上手くとってきたフランキーらしさが表現されている。
-同胞へ-
終盤の⑨「Mandela」⑩「Africa」はちょっと特殊なのかもしれない。釈放される機運が高まっていた[*2]南アフリカ共和国のネルソン・マンデラ(Nelson Mandela)氏へ向けた楽曲で、“このアルバムがリリースされる前に釈放されることを強く望む”というメッセージも記載されている。また、⑩はタイトルもそのままアフリカなのだが、⑨と連動して聴くべきなのだろうと思う。タイトルから個人的には“バグ”のパーカッションを使って欲しかったというのは望みすぎだろうか。
-本国との差はなんなのだろう-
アルバムは見事R&Bチャートを登頂している。ニュー・ジャック・スウィング真っ只中の89年に、時流とは言えない音でしっかりと首位を掴むというところにメイズの人気が裏付けされるのである。また、本作が首位を奪取する前週は、ベイビーフェイス(Babyface)『Tender Lover』が、翌週はジャネット・ジャクソン(Janet Jackson)『Rhythm Nation 1814』がそれぞれ首位に君臨している。それらを鑑みたときに、なぜ日本では同様に知られないのかが、本当に疑問だと改めて思うのであった。
(2022.10.15)
[*1]誰かに捧げるとなると、大仰になったり、必要以上にスロウになったりするもの。それをさらっとしたメロディにのせるところがフランキーらしい。
[*2]マンデラ氏はアルバム発売の翌年に釈放されている。
[*3]本作でのメンバーは、以下のとおり。参照はアルバム・ジャケットによる。All Music Guideとは異なっている。
Frankie Beverly(Vo.G),Robin Duhe(B),Roame Lowry(Conga),Mike White(Dr),Wayne "Ziggy" Lindsay(Key),Vernon “ICE” Black(G),McKinley “BUG” Williams(Per),William Bryant(Key)