-この上ない特集記事-
『bmr』誌の2008年7月号(No.359)の特集はスロウ・ジャム。JAMさんと石島さん夫妻の対談というそれだけでも資料的価値の高いものであるわけだが、その中に各人が選ぶスロウ・ジャム・ベスト10(88~97年の男性ソロ・シンガー曲編)という記事[*1]が掲載されていた。そこで荘治虫さんが選んだ1曲に、本作の⑩「Tic Tok」があった。
ロレンゾについて、筆者は3rd『Love On My Mind』を好んで聴いており、正直この再デビュー盤はあまり聴いていなかった。しかし、この荘さんの記事を読んで作品ごと聴き直したことを思い出す。
-2枚をまとめるにはこのタイミングしかなかったはず-
前出のとおり、本作はロレンゾの再デビュー盤ともいえる2nd。前半5曲が新曲、後半5曲が1stからの収録となっている特殊な1枚である。リリースが1992年とニュージャック後期で、1stのリリースが90年ということを鑑みると、それらを融合するにはギリギリのタイミングだったのかもしれない。同時期にメアリー・J・ブライジ(Mary J.Blige)の1stがリリースされている[*2]ことからも、過渡期であることがよくわかる。
-フィッツジェラルド・スコットの功績-
作品は、最大のヒット作(R&Bチャート6位)となった①「Real Love」から始まる。のちにキース・スウェット(Keith Sweat)「No Body」を生み出す実力者、フィッツジェラルド・スコット(Fitzgerald Scott)による成熟したニュージャックスウィングである。フィッツはこの作品で、③「Make Love 2 Me」と⑨「My Love」を提供、④「I Can't Stand The Pain」をプロデュースしているわけだが、どちらも強力な楽曲になっている。
スロウの③は、この作品のなかで最も甘美なねっとり系。3rdアルバムの中身を予言したかのようなアダルトな内容になっている。スロウでありながらも、R&Bチャートで21位を獲得している。同様の路線である④も、まさしく2匹目のドジョウのように、R&Bチャート22位まで上昇した。この2曲をシングルにできるというのが90年代といえるのではないだろうか。
また、発売時期があまりに近いためどちらが先か判断がつかないのだが、思いっきりトニーズ(Tony Toni Toné )の名曲「Whatever You Want」とかぶっているミディアムが⑨である。さらに、随所にキースの「Make It Last Forever」のオマージュも感じるところがあるわけだが、ともあれ良い曲であることは間違いない。
-若者を守る布陣-
その他の楽曲は、基本的にアルファ・インターナショナルがあるフィリー(Philadelphia,PA)人脈ということになる。オージェイズ(The O'Jays)やデルズ(The Dells)といった大御所と仕事をしてきたテリー・スタバース(Terry Stubbs)やデリック・ピアーソン(Derrick “DOC” Pearson)、テディ・ペンダーグラス(Teddy Pendergrass)らを支えたステイシー・ハーカム(Stacey Harcum)、ゲイリー・テイラー(Gary Taylor)やヴァネッサ・ウィリアムス(Vanessa Williams)の作品でコーラスを担当するキャロル・コールマン(Carol Coleman)、80年代にユージーン・ワイルド(Eugene Wilde)らを手がけたマイケル・フォルテ(Michael V.Forte)、そして今やストリングス・アレンジの大御所となったラリー・ゴールド(Larry Gold)という、錚々たるベテランががっちりと20歳のロレンゾを支えている。
そして生まれたのが冒頭に記した⑩ということになる。ここでは、荘さんが『bmr』誌に記されたことを引用して紹介したい。
「秒針のごとくチクタクと時を刻むハイハットに胸高鳴るイントロから、ラストのファルセットの雄叫びまで息つく暇のないドラマチックなバラード(後略)」
まさしくこの言葉のとおりで、このミディアムをロレンゾの最高傑作という方も多いのではないだろうか。ちなみに1stリリース時にシングルとなったこの曲は、R&Bチャート41位となっている。
-これからも聴いていきたい-
古さとニュージャックとスロウが同居し、なんとか当時の流行に持って行こうと努力している熱気が垣間見れる。そんなセールス感覚を感じてしまうものの、今でも聴きたくなるクオリティを保っているところがこの作品の醍醐味。続く3rdも含めて、まだまだ聴いていたい。
(2022.04.10)
[*1]この特集は、きっと98年以降の男性ソロシンガー編、グループ編、ソウルディーヴァ編など、数回にわたって特集が組まれるものと思っていた。が、結局実現していない。Webの『bmr』も無くなった現在ではあるものの、どこかで見てみたいと思っている。
[*2]メアリーの『What's The 411』については、本作と同様、『black music review』誌1992年10月号(No.171
)に掲載がある。本作は、“Critical Eyes”のR&Bの項に、フレディ・ジャクソン(Freddie Jackson)『Time For Love』の次に紹介されている(ちなみに解説は松尾KCさん)。メアリーは、最後の方に紹介されており、しかもメアリーJ.“ブリッジ”と記述されている。内容もあまり良くは書かれていなかったりするわけだが、いずれにしても、こんな感じだったんだなぁと時代を感じることができる。